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夢を跳ぶ
佐藤 真海
目が覚めたとき、私は手術室のベッドの上にいた。部屋は静かで物音一つしない。ライトに照らされて、天井が白く赤く浮かび上がっていた。どうやら手術は終わったらしい。まだ麻酔が残っていてぼんやりとしている頭に真っ先に浮かんだのは、「もう、足はないんだなあ。」という思いだった。現実を受け入れるのが怖くて、自分の足を見ることはできなかった。
二〇〇二年四月、私は右足膝下の切断手術を受けた。足首の骨に悪性の腫瘍ができていたのだ。病名は骨肉腫。十九歳で大学生の時だった。足の痛みが続くため病院に行ったところ、緊急入院となった。何が起きているのか理解できず、これからどうなるのかもわからないまま、運命に押し流されるようにして長い闘病生活が始まった。
この病気になるまでに、私は病気とは無縁の生活を送っていた。幼い頃から外で遊ぶのが好きな活発な子どもだった。小学生の頃はスイミングスクールの選手コースに通い、中学校では陸上部で長距離選手として活動し、高校ではマラソン大会で優勝するほど足が速かった。大学生になって憧れのチアリーダーになった。
病気がわかり、医師から手術が必要なことと、膝から下を残せないことを説明されて、ショックで言葉が出なかった。代わりにそばにいた母が、
「娘は子どもの頃からずっとスポーツをやってきて、足は命と同じくらい大事なんです。」
と私の心の叫びを代弁してくれた。それに対して医師は、
「今は生活に支障がないくらい良い義足ができています。スポーツだって、またやることができるでしょう。」
と説明してくれた。恐怖と不安で真っ暗な中にいた私だったが、「スポーツができる。」という言葉に光を感じ、「進む先は真っ暗闇だけれど、がんばって病気に立ち向かってみよう。」と思えたのだった。
手術とそのあとの抗がん剤の苦しい治療が終わり、十か月ぶりにようやく大学のキャンパスに戻ったときは喜びがこみ上げてきた。
ところが、友達の話題の中心は就職活動で、将来や未来へ向かう明るいものばかりだった。義足とウィッグを着けるようになった私は、一人取り残されたように感じた。授業が終わればすぐにアパートに引き籠もるようになり、泣いてばかりいた。同時に、「このままでは本当にだめになる。何か目標をもってここから脱出しなくてはいけない。でも何ができるのか。」と繰り返し考えていた。
そんな日々が一か月近くも続いたある日、スポーツだったら私は目標をもってがんばれるだろうと気がついた。すぐに、インターネットで障がい者のためのスポーツ施設を探し、プールに行くことにした。プールサイドで義足をはずして泳ぎ始めると、うまく水をキックできないし、バランスも上手にとれない。でも、少しずつ体が水に慣れていった。
ある日、義肢装具士のかたに誘われて陸上競技場に行き、スポーツ義足で走るランナーを初めて目にした。軽やかに疾走する姿に刺激を受け、私も走ってみることにした。最初は日常生活用の義足で走る練習をし、走れるくらいまで体が戻ってきたところでスポーツ義足を着けるようになった。スポーツ義足でバランスを取るのが難しく、最初は転んでばかりだった。痛みもひどかった。
それでも走れることがうれしくて練習を続けた。走り幅跳びの選手として競技会に出場するようになり、記録が少しずつ伸びていった。記録に挑戦することが楽しくて、次は日本記録を狙いたい、そしてパラリンピックに出たいと、夢がどんどん膨らんでいった。ついに、二〇〇四年アテネパラリンピック、そして二〇〇八年北京パラリンピックに出場したのだ。
こうした体験を、小中学校に招かれて話す機会が増えてきた。病気や障がいのこと、夢をもつことの大切さなどをテーマに話している。
私の講演のあと、子どもたちがそれぞれテーマを決めて福祉について学び始めた学校もある。グループ学習で、あるグループは義足に興味をもって義肢装具士の学校を見学し、またあるグループはバリアフリーをテーマに実際に町を歩き、ほかにも高齢者施設を訪問したグループやパラリンピックに興味をもったグループもあったそうだ。
「最初にスポーツという視点から『福祉』の授業に入ったことで、子どもたちの福祉に対する関心や考え方が積極的になってきた。」
と先生から聞き、うれしく思った。
子どもたちに障がい者のためのスポーツである「シッティングバレーボール」や「ゴールボール」などを体験してもらったこともある。工夫しだいで一緒にスポーツができることを感じてもらえるとうれしい。「障がい者」とか「福祉」などと、おおげさに考えるのではなく、一緒に接することで何かを感じ取ってもらえればいい。
子どもたちには、私の心の支えになっている言葉を伝えている。
「神様はその人に乗り越えられない試練は与えない。」
これは、病気の告知を受けて、「どうして私がこんなめに遭うのか。」と落ち込んでいた時に母が言った言葉だ。入院中もその後も、この言葉を思い出して「私ならきっと乗り越えられるから、この試練を与えられたんだ。」「これを乗り越えれば、きっと成長した自分に会えるんだ。」と思い、気持ちを前向きに切り替えてきた。この言葉に何度も何度も救われたのだ。
振り返れば、足を失って希望をなくしていた私に、夢を与えてくれたのは走ることだった。「いつかパラリンピックに出たい。」という思いが障がいを乗り越える力になった。そしてパラリンピックに出たことがさらに上を目ざしたいという気持ちにつながった。
夢をもって試練を乗り越えようとすることの大切さを気づかせてくれた大切な人たちに感謝したい。私は夢を跳び続けたい。
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2、定期テスト過去問を解く。
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